83番 一宮寺 ―地獄の釜の音を聞く―
「ここは、地獄の釜の音が聞こえる祠があるんよ」と、
おどろおどろしげに言う、長野さん。
この祠には、意地悪ばあさんを改心させたといういわれがある。
そのおばあさんは、お種ばあさんという名前で、
とても意地悪な人だった。
そんなお種ばあさんに、近所の人が、
「地獄の釜の煮えたぎる音が聞こえる祠があって、
悪いことをしたひとがこの祠に頭を入れると、
扉がしまって抜けなくなる」といった。
おばあさんは、そんなことがあるわけないと、祠に首を差し入れた。
そうすると、扉がばたんとしまって、
本当に、首が抜けなくなってしまった。
ごおーっという音は怖いし、
助からなかったらどうしようと思うしで、
おばあさんは、どうしようもなくなって、許しを乞うた。
すると、扉はひらいて、無事に出られたという。
それから、お種ばあさんは、改心して、
とてもいいおばあさんになった、という話だ。
「見本を見せてあげよう。狭いからね、
こういう風にしたら聞こえるんよ・・・」と、
祠に半身を差し入れる長野さん。
「うん、今日も、聞こえる聞こえる」。
一体、どんな音が聞こえるのだろう。
見た目は、ほんとうに小さな祠だ。
顔を差し入れて中を見てみても、どこに空洞があるわけでもない。
耳を済ませると、底のほうから、たしかに、
「こぉーっ」とも、「くわくわくわ・・・」ともいう、
何か不思議な音が聞こえてきた。
それが、だんだん「ごぼごぼごぼ・・・」という深い音に変わっていく。
音が鳴る理由もわからないし、なんだか怖くなって、
祠から顔を出したら、まぶしい木漏れ日が、私の目を射った。
お種ばあさんも、この日の光のまぶしさを見て、
心底喜んだだろうと思った。
私は、あとどのくらい悪いことをしたら、
この祠に首を挟まれてしまうのだろう。
まだまだ余裕があるかもしれないし、あとちょっとなのかもしれない。
祈る人のくちびる動く白露かな 紗希