19番 立江寺 ―黒髪の恐怖―
「このお寺の見所はねえ、なんといっても、黒髪堂かな」と長野さん。
江戸時代の後期、お京という芸者がいた。
なんでも、とっても美人だったのだとか。
彼女は、島根の実家で結婚したが、別の男性と関係をもち、
その不倫相手と二人で夫を殺してしまった。
その後、四国遍路として身をかくしていた二人。
しかし、この立江寺にやってきたところ、
本尊の地蔵菩薩の前で、突然にお京の髪が逆立ち、
鐘の緒に髪が巻きついてしまった。
事情を話すと、頭の肉ごと、髪が削げ落ちて、
お京はなんとか助かったのだそうだ。
以後、お京は改心して、近くに住み、祈り続けて亡くなったという。
小さなお堂のくらがりをのぞきこむと、
鐘の尾と、そこに巻きついている黒髪があった。
黒髪の量が思っていた以上に多く、
お京の痛みが伝わってくるようで、怖くもあった。
それに、まだ200年ほど前の話だから、
ちょっとなまなましくみえる。
苦手な方は、その晩、夢に見るかもしれない?ので、どうかご注意を。
けれど、その黒髪が確かにそこにあることで、
ともすれば伝説として信憑性を持ちにくい、
お寺にまつわる出来事を、これから、今まで以上に、
いつか現実に起きたこととして感じられるような気もした。
そのエピソードから、この立江寺は、
「邪心を持っている人は入ることができない」、
阿波の関所寺として有名になったのだそうだ。
仏教についての知識がない私たち二人は
「邪心ってなんやろうね」
「清い心でなくても、とりあえず、邪心がなかったらいいんよね」
と、「邪心」について思いをめぐらせながら、境内を拝見した。
もし、邪心があったなら、きっと、まず瞳にあらわれるだろうな、
などと考えもした。
山門を出ようとしたとき、
そばのベンチに座っていたお母さんから、声をかけられた。
「お接待させてください。
もしよかったら、もっていってくださいますか?」
こちらがいただく側なのに、とてもとても恐縮してしまった。
でも、お接待する側は、お遍路を回っている方から、
功徳を分けてもらうという意味もあるのだという。
私に、分けられる功徳などあるのかと、やはりためらわれたけれど、
お大師さまの功徳を信じて、ありがたく、
そのお接待をいただくことにした。
くださったのは、手縫いの小銭入れ巾着だった。
中には、間仕切りまで作ってあった。
巾着は、その方のてのひらの中にあったので、まだ少しあたたかかった。
サイダーやプルタブ開けて供えらる 紗希
(神野紗希 記)